佐治りんご
SAJI RINGO
佐治りんごについて

佐治りんごの歴史
佐治町のりんご栽培の歴史は、昭和51年、町内の谷上正樹氏が長野県から50本の苗木を購入し余戸地区に植えたことから始まります。品種は、「玉林」「ゴールデンデリシャス」でした。昭和55年には、余戸地区の対岸河本地区、通称「堂の平」に本格的なリンゴ園が造成され生産組合が組織されました。栽培農家は、12戸、面積2.8ha。「ふじ」「王林」「ラリタン」など2000本が植えられた。堂の平団地の特長は、海抜が600メートルもあることです。暖地りんごの最大の問題点は、着色不良と害虫対策でした。栽培には、袋掛けと日常的な管理が欠かせず、収穫する十日前には、裸にしてりんご特有の色をつけなければならないなど、恐ろしく手間がかかりました。幸い佐治の自然環境と高原の気候が適し、良質のりんごを生産し続けています。
本組合は、河本りんごの研究並びに生産販売、地域貢献を目的として昭和56年に発足しました。結成以来、良質のりんごを栽培する技術を追求し、ノウハウを積み重ねて栽培してきました。その結果、今日では、鳥取市周辺で美味しいりんごとして次第に知られるようになってきました。

未来のためにできること
本組合では、河本地区の基幹産業である佐治りんごづくりを核にして地域振興を図りたいと考えています。幸い、地区では、りんご農家は2代目になっており、りんごづくりへの意欲は高く後継者も育ってきています。河本地区では、「五しの里さじ地域協議会」と連携した民泊交流事業や、国の天然記念物「イヌワシ」の保護運動も行われており、住民の協働性や意欲は高いものがあります。
私たちは、行政任せではない民間主導の産業育成として、りんご栽培を発展させて、りんごを核とした産業の基盤づくりを行いたいと考えています。
現在、鳥取市佐治支所やJAとの協力も得られ共同研究も進められています。また、後継者育成のために地元の佐治小学校や千代南中学校への啓発も行いたいと考えています。今後、多くの地域住民が地域産業の育成に協力してくださることを期待しています。

私たちの活動に課せられたミッション
①美味しいリンゴの栽培
甘くて美味しいりんごづくりの秘訣は、日ごろの管理につきます。害虫防除、施肥、剪定、草刈りなどほぼ毎日といってよいくらい手間をかけて育てます。秋たけなわ、美味しいりんごが実った時が私たちの最高の喜びの時です。
②地域振興
佐治町は、標高千m級の山並みに囲まれた盆地にあります。「5しの里」に代表されるように、梨、佐治石、和紙、星、昔話の特色ある産業や文化が残っています。佐治町全体で、これらの産業や文化を生かした地域振興がなされています。私たちは、これらに加えて、佐治りんごを新たな産業として育成したいと考えています。
③環境保全
佐治りんごを栽培している樹園地は、標高600mの高原に位置しています。冷涼な気候は、青森県や長野県のような栽培適地といってもよいでしょう。また、当地には、天然記念物「イヌワシ」が生息しています。その生息は豊かな自然を表すバロメーターです。今後ともこの豊かな自然を保全していかなければなりません。